オープニングイベント

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オープニングイベント「カンダック・セーマー 」制作発表記者会見!

スリランカ史上初、2010年にシンハラ語文学賞5つを総なめにしたベストセラー「カンダック・セーマー Kandak Sema」が新潟で映画化!この映画の制作発表記者会見を、県内外の報道陣を招いて行います。

一般のお客様にも無料でご入場いただけますので、是非お越しください。

  • 日時 5月31日(土)10:30~11:30
    (午前9:30より会場受付にて入場整理券を配布します) 
  • 会場 クロスパルにいがた4階映像ホール(定員100人)

日本から遠く離れた南アジアの小さな島国スリランカ。この国で最も人気の作家、スミットラ・ラーフバッダ(Sumithra Rahubaddhe)の不朽のベストセラー小説「カンダック・セーマー」が日本を舞台に書かれた作品である事をご存じですか?

恋に破れた貧しいスリランカ女性が日本の農村に嫁ぐ事になり、幾多の試練を乗り越える姿が繊細に描かれたこの作品が、この度スリランカ全土待望の映画化決定!何と物語の重要な部分を占める日本での撮影は、ここ新潟県で行われます。新潟での撮影を担当するのは、地元で活躍する映画監督ナシモトタオ。この夏、映画を通じて様々な面でのスリランカと新潟との新たな交流が生まれる事が期待されます。

登壇者

  • スミットラ・ラーフバッダ(共同監督・共同プロデューサー・脚本家)
  • アソーカ・アタウダヘッティ(助監督・制作企画者)
  • アーシュ・マーラシンハ(共同プロデューサー・製作統括者)
  • ルワン・コスタ(撮影監督)
  • ナシモトタオ(共同監督)

登壇者プロフィール

原作者 Sumithra Rahubaddheさん

スミットラ・ラーフバッダ  共同監督、共同プロデューサー、脚本家

スミットラ・ラーフバッダは環境行政の分野における著名な専門家で、作家、脚本家、フリーランス・ジャーナリストとして活躍し、映画やドラマ祭の審査委員や客員講師を務めてきた。現在、交流文化研究所プラットフォーム代表、日本・スリランカ映画フォーラムの共同代表として活動している。スミットラはスリランカ政府の著名な上級行政官であった。50冊の著作、以下の役職歴がある。
子供開発・女性問題省の事務官、法務省兼担事務官、外務省局長(広報)、地方政府・州議会省の上級次官補、環境省局長、国土・マハウェリ開発省課長補佐、西部州住居総監、民間バス交通省局長補佐、共同開発省次官補、水産省次官補、地球環境機構省広報顧問。コロンボ大学社会科学学士、同開発経済学研究生ディプロマ、オーストラリア国立大学開発行政修士、同地方分権研究生ディプロマ、オークランド大学視覚メディア博士。

映画脚本作品

  • 1982年『ブムトゥルヌ』(バンドゥラ・ウィターナゲー監督)
  • 1984年『スラ・アスラ』(バーミン・ライリ監督)
  • 1995年『イティ・パハン』(ソーマラタナ・ディサーナーヤカ監督)
  • 2002年『アガ・ピピ・マル』(プレーマクマーラ・ジャヤワルダナ監督)
  • 2006年『ランガ・ソバー』(プレーマクマーラ・ジャヤワルダナ監督)
  • 2007年『セドーナー』(プレーマクマーラ・ジャヤワルダナ監督)
  • 2008年『ケリ・マンダラ』(プレーマクマーラ・ジャヤワルダナ監督)
  • 2010年『ピピ・ピトゥン』(プレーマクマーラ・ジャヤワルダナ監督)
  • 2012年『ナトゥ・ネティ・マル』

監督作品

  • 2003年『サラ』(ニュージーランドロケ)

最優秀脚本賞

  • 2006年国立テレビドラマ祭『アガ・ピピ・マル』

アソーカ・アタウダヘッティ助監督・制作企画者

アソーカ・アタウダヘッティ  助監督・制作企画者

第一助監督とは監督とスタッフとの繫ぎ目となる。この意味でアソーカ・アタウダヘッティは視覚メディア分野では第一人者で、映画制作の一員としてのセットにおける彼の時間管理能力と統率力が賞賛されている。彼は系統的で他のスタッフと密接に仕事を行うが、特に監督とは脚本を読み込み撮影可能なシーンの構成について詰めを行う仕事をする。このためには、労働時間法規、健康と安全に関わる法規、ロケ・マネジメントなどの深い知識が必要とされる。
アソーカのキャリアは18歳の時、スリランカでは著名な脚本家・映画監督であるティッサ・アベーセーカラの下で始まる。1978年にイタリアの映画監督ウンベルト・レンツィの下で働いた。その時の主演女優はソフィア・ローレンであった。1980年に第三助監督として『類人猿ターザン』(Tarzan, and the Ape Man)に参加し、スティーブン・スピルバーグ監督の『インディ・ジョーンズ』にも第三助監督として参加した。
国際的な監督とのこのような輝かしい業績により今やアソーカはスリランカでは引く手数多の助監督となった。この分野では彼は第一人者で、他の助監督やスタッフを統括する仕事を行う。彼はしかるべき時間に役者がセットに現れ、衣装を身につけ、スタンバイできるように手配することが求められ、日々のスケジュール管理の責任を担う。いかなる些細なミスも時間の遅れとなるので、第一助監督は映画制作を円滑に実行しなければならないのである

主要映画助監督・制作企画

  • 1980年『サッティヤ・グラハナヤ』(D.B.ワルナシリ監督)
  • 1994年『ワースリ』(ダルマセーナー・パティラージャー監督)
  • 2001年『マトゥヤン・ダワサ』(ダルマセーナー・パティラージャー監督)
  • 2005年『サンカーラ』(プラサンナ・ジャヤコディ監督)
  • 2007年『ピタサクラワラ・クマーラヤ』(シリマル・ウィジェーシンハ監督)
  • 2008年『フォールン・フロム・ザ・スカイ』(ウィムクティ・ジャヤスンダラ監督)
  • 2009年『ガーミニー』(サラット・ウィーラセーカラ監督)
  • 2010年『カルマ』(プラサンナ・ジャヤコディ監督)
  • 2013年『シリ・ペラクン』(ソーマラタナ・ディサーナーヤカ監督)
  • 2013年『ラブ・フォー・エバー』(ウダーラ・アベースンダラ監督)

編集補佐

  • 1979年『カルマッカーラヨー』(ティッサ・アベーセーカラ監督)
  • 1982年『アハシン・ポラワタ』(レスター・ジェームス・ピーリス監督)

芸術監督補佐(衣装)

  • 1980年『ユガーンタヤ』(レスター・ジェームス・ピーリス監督)

芸術監督

  • 2010年『コマン・マン』(チャンダラン・ラタナム監督)

主要外国映画作品

  • 1978年『リバー・オブ・ザ・グレート・ケイマン』第二助監督(ウンベルト・レンツィ監督)
  • 1979年『マウンテン・イン・ジャングル』第二助監督(ウンベルト・レンツィ監督)
  • 1979年『ラスト・パラダイス』第二助監督(ウンベルト・レンツィ監督)
  • 1980年『類人猿ターザン』第二助監督(ジョン・デレック監督)
  • 1982年『インディ・ジョーンズ』第三助監督(スティーブン・スピルバーグ監督)
  • 1994年『サザン・スターズ』第一助監督(ベランガ・パル監督)
  • 1999年『オフ・ロード』第一助監督(ベランガ・パル監督)

主要テレビドラマ作品助監督・制作企画

  • 『カドゥッラ』(ダルマセーナ・パティラージャ監督)
  • 『スバ・アナーガタヤック』(ダルマセーナ・パティラージャ監督)
  • 『サンスンガマ・アンダラヤ』(サマン・アターウダヘッティ監督)
  • 『ナーンドゥナナ・プットゥ』(ダルマセーナ・パティラージャ監督)
  • 『ダンデー・ル・ギニ』(スダット・マハディウルウェワ監督)
  • 『ワナスパティ』(スダット・マハディウルウェワ監督)
  • 『イマディヤ・マンカダ』(プラサンナ・ジャヤコディ監督)
  • 『サマンタ』(ドイツ)(ヒンネルク・イェンセン監督)
  • 『ターニャ』(ドイツ)(ベランガ・ファール監督)
  • 『ハダ・ウィラ・サックマナ』(プラサンナ・ジャヤコディ監督)
  • 『ジーウィタヤタ・イダ・デンダ』(アーナンダ・アベーナーヤカ監督)
  • 『ウッタマーウィ』(トゥシタ・ダ・シルバ監督)
  • 『メー・アペー・パサライ』(プラサンナ・ジャヤコディ監督)
  • 『アワナドゥワカ・サタハン』(インディカ・ウドゥガンポラ監督)
  • 『ヤカダ・パハン・ティラ』(アヌルッダ・ジャヤシンハ監督)
  • 『アッパッチ』(アーナンダ・アベーナーヤカ監督)

監督作品
『サットグナカーラヤ』
2008年度ライガン・スマティ・テレビ賞の各部門(最優秀監督、最優秀撮影、最優秀編集、最優秀音楽、最優秀脚本、最優秀製作、最優秀女優、最優秀男優、最優秀助演女優、最優秀助演男優、最優秀新人女優)にノミネートされた。

舞台共同監督
『スランガ・マタ・カター・カライ』
2009年の国立演劇祭の各部門(最優秀監督、最優秀製作、最優秀男優、最優秀女優、最優秀音楽、最優秀脚本)にノミネートされ、2010年に各部門2位を受賞。


アーシュ・マーラシンハ共同プロデューサー・製作統括者

アーシュ・マーラシンハ  共同プロデューサー・製作統括者

チャンドラジット・アーシュボーダ・マーラシンハは長岡技術科学大学経営情報系の准教授である。この他にも国際大学で客員教授、日本・スリランカシネマフォーラムで共同代表を務めている。2010年から2011年までスリランカ国立エンジニア機構(SEC)理事を務めた。SECはスリランカ最大の、最も権威ある政府機関で、建設・基盤整備プロジェクトの立案、建設、維持管理に50年以上携わっている。
1997年にコロンボ大学物理学・数学学士を、2001年に会津大学コンピューター科学工学修士を、2004年に同大学博士を取得。勤務経験としては会津大学、財団法人国際情報化協力センター、コロンボ大学コンピューター技術研究所(現計算学部)がある。
研究分野はシネマ工学、工学管理、インテリジェント・コントロール・システム、ユビキタス・システム、社会情報科学、感性工学。
給付金支給実績としては、日本学術振興会、世界青年の船、海外技術者研修協会、国際情報化協力センター、ロータリー米山財団、中島平和財団などが挙げられる。
国際会議での実行委員長としての経験にはICBAKE(2009年)、HC(2008年)、 KEAS(2008年)、 CDG(2008年)、 KEIS(2006年)などがある。


ルワン・コスタ撮影監督

ルワン・コスタ  撮影監督

ルワン・コスタはスリランカで最も売れっ子の撮影技師である。最初にカメラを手にしたのは10代の頃だった。この頃の趣味により彼の運命は定まった。自然と自然を愛でる人である彼のその視線は自然に向けられ、自然の風景美に目が留まるのである。
何年もの間スリランカの映画制作者の指導の下、視覚メディアの勉強を続け、今やこの業界で20年のキャリアを積んでいる。そのキャリアはスリランカ国内の制作会社との短編映画と音楽ビデオの制作でスタートしている。この20年間、ユニリーバ、ペプシ、ラックスなどのクライアントのために何百もの作品を制作し、顕著な業績をあげている。彼は商業的に最も売れている撮影技師であり、その他にもスリランカでは著名なクライアントのための音楽ビデオを撮影している。
過去20年で15本の長編映画を撮っているが、それら全て著名な映画制作者により監督されたものである。最新作はジャヤンタ・チャンダラシリ監督の『サマナラ・サンダワニヤ』である。撮影監督になってからは、スリランカ国内の映画祭やテレビ祭で最優秀撮影監督賞を取るなどして数々の賞を受賞している。
監督との共同作業におけるルワンのエネルギッシュでクリエイティブなアプローチは、いかなるモーションピクチャー・プロジェクトにおいてもその視覚的可能性を発揮している。照明に対するシャープな目を持つルワンは物語にアクセントを加える大胆かつグラフィックな構図を得意とする。ルワンはフィルムやEpic、Alexa、Weisscam、5Dなど最新のデジタル形式に関する経験を有し、新しいシネマ技術の先端を走っている。

主要作品
ジャヤンタ・チャンダラシリ監督作『アグニダハヤ』
ジャヤンタ・チャンダラシリ監督作『ゲリラ・マーケティング』
スダッタ・マハディウルウェーワ監督作『スドゥ・サハ・カル』
カルン・パリタ・マヒラタナ監督作『ニランバレ』


ナシモトタオ共同監督

ナシモトタオ  共同監督

燕市吉田地区(旧吉田町)生まれ。今関あきよし監督のPVの現場を経て、1991年に筋肉少女帯『暴いておやりよドルバッキー』でディレクターとなる。
その後、新潟に戻り国際映像メディア専門学校の立ち上げに参加し、現在は映画プロデュース科俳優タレント科の科長として同校に携わっている。
また『モノクロームの少女』(2009年)のプロデューサーなど地元・新潟に根ざした映像制作のほか、『情無用の刑事まつり』の1本『おんぶ刑事』(2005年)の監督や『佐渡テンペスト』(2012年)のプロデューサーなど、精力的な制作活動も続けている。